性同一性障がい、瑚心すくいの「私の小さな人生」

私、瑚心すくいが幼少から「性同一性障がい」と向き合ってきた事

性同一性障がい 女性ホルモン

私が40代になって決断したのは男性から女性になることだった。

46歳頃だと思うが、ジェンダークリニックという病院が存在することに

びっくりしたのもそうだが、ネット社会に人々が慣れ始めて頃に

「性同一性障がい」で検索しているうちに目に飛び込んできた。

 

ジェンダーという言葉は、男性や女性の人権や尊厳に関わる文章で使われることが

一般的で、ジェンダーについては人権を研究していたので知っていたが、性同一性障がいが一般的にトランス・ジェンダーと言われていることについてはまだ新鮮な響きだった。

 

世の中で初めてカミングアウトしたのは、そのジェンダークリニックの院長先生だった。孫漢洛氏である。先生は「決心はしっかりできているんやな」という言い方だったと思うが、私は事前に色々な情報を収集し、

女性ホルモンを打つこととその結果女性の体に近づけること、デメリットがあり肝臓に負担が掛かるため注射の乱発はご法度であること、一時期過ぎれば体が元に戻らなくなること、つまり男性としての機能が成立しなくなること等、インターネットではあるが散々調べていたので、その全てを「決心」と解釈した。

 

女性ホルモンには大きく分けてエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)と2種類あるが体形の女性化を促進するエストロゲンを打っている。

それともう1つ男性ホルモン分泌を抑える抗アンドロゲンも同時に打っている。

因みに女性から男性への変化を望むならアンドロゲンが必要になるということになる。

 

女性ホルモンは産婦人科では治療のためにどこでもおいてあるが、私のようなものの希望のためには打ってくれないと思う。

内科の先生も即答で反対する。肝臓に負担をかけ、最悪、肝硬変や肝臓がんを引き起こす可能性があるからだ。

体の変化を早く求める気持ちはわかるが命あっての物種だ。

 


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