途絶えている女性ホルモン

最近、仕事だったり、寝込んだりで、

女性ホルモン注射をうっていない。

 

さぞ髭ぼうぼう状態を想像されると思うがそうはいかない。

1日2回のところを3回、顔面の脱毛処理をする。

 

でも女性ホルモンは髭以外にも肌や髪の毛の艶にも影響してくる。

幸い10年ホルモン注射しているので急には男に戻らないが、

やっぱり、少しの事でも気になる。

 

化粧のノリ。これはついつい厚化粧をしまった上に土台が荒れているので、

取り返しがつかない。

顔の丸みが角がくしいのでこれも最悪。

髪の毛はトリーメント作戦で何とか維持。

たまにトイレで勃起しかけたりする。

あー最悪、最悪、最悪!

 

これほどまで自分の持っているものを邪魔扱いするのも〇〇〇様に失礼である。

でも、邪魔なんじゃい。300万あればタイにでかけて一刀両断なのだが、

永久脱毛すれば、その分自由な時間が増えるのもわかっているが、

そうしても仕事にお金を使ってしまう。

 

これまた無駄な愚痴を書くのもみじめで仕方ない。

女になれない男の気持ちわかって頂けますか?

今回は以上です。

わたしんち一家、大阪で人生再スタート

家が火事になってから、少しばかり博多の本家に身を寄せていた私たち家族。

普段から行き来、寝泊まりしていたから窮屈感はなかった。

 

私は小学1年生となり、奈良屋小学校に通う。

母は引き続き区内の電電公社(今のNTT)で電話交換手

父は一念発起して大阪で就職活動。

一家は人生の再スタートを切ろうとしていた。

 

父が決めてきたのは、チキンラーメンを発明した安藤百福社長率いる日清食品

そこで安藤社長に可愛がられ父は営業の第1線でチキンラーメンを苦難を抱え売りまくる。

 

そんな父の苦労を私はつゆ知らずだが、大阪の高槻市に移住してきた私は福岡県からの転校生。その頃から現在の性格形成の兆候はあった。

何故か、ゲタを履いて学校へ向かう。母が慌てて靴を持って走ってくる。

かと思えば、ランドセルを背負わずに身軽に友達と和気あいあいと通学、当然勉強道具等一切持たず、母が慌ててランドセル持って走ってくる。

たまにではあるがそれをわたくし本人が通学途中で気づかされる時がある。

友達が「なんでおまえはゲタやねん」

すかさず、「朝の散歩」といけシャーシャーとボケをかます

 

福岡県で小学1年なっていきなりの転校で本も学校の習慣、言葉も変わる。

 

ここで話は性同一性障がいは健在であることを書いておく。

当然男友達が珍しいので寄ってくる。探検ごっこ、特捜隊ごっこ

でも女友達もできる、家に行ったらピアノを弾いてくれる。

スカートをはいてピアノを弾く姿なんかは憧れの憧れ。

子どもなりに感じる格差社会

「女の子になりたい」

しかし、子どもなりに淡い夢心が膨らんでくる。

性同一性障がい 女性ホルモン

私が40代になって決断したのは男性から女性になることだった。

46歳頃だと思うが、ジェンダークリニックという病院が存在することに

びっくりしたのもそうだが、ネット社会に人々が慣れ始めて頃に

「性同一性障がい」で検索しているうちに目に飛び込んできた。

 

ジェンダーという言葉は、男性や女性の人権や尊厳に関わる文章で使われることが

一般的で、ジェンダーについては人権を研究していたので知っていたが、性同一性障がいが一般的にトランス・ジェンダーと言われていることについてはまだ新鮮な響きだった。

 

世の中で初めてカミングアウトしたのは、そのジェンダークリニックの院長先生だった。孫漢洛氏である。先生は「決心はしっかりできているんやな」という言い方だったと思うが、私は事前に色々な情報を収集し、

女性ホルモンを打つこととその結果女性の体に近づけること、デメリットがあり肝臓に負担が掛かるため注射の乱発はご法度であること、一時期過ぎれば体が元に戻らなくなること、つまり男性としての機能が成立しなくなること等、インターネットではあるが散々調べていたので、その全てを「決心」と解釈した。

 

女性ホルモンには大きく分けてエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)と2種類あるが体形の女性化を促進するエストロゲンを打っている。

それともう1つ男性ホルモン分泌を抑える抗アンドロゲンも同時に打っている。

因みに女性から男性への変化を望むならアンドロゲンが必要になるということになる。

 

女性ホルモンは産婦人科では治療のためにどこでもおいてあるが、私のようなものの希望のためには打ってくれないと思う。

内科の先生も即答で反対する。肝臓に負担をかけ、最悪、肝硬変や肝臓がんを引き起こす可能性があるからだ。

体の変化を早く求める気持ちはわかるが命あっての物種だ。

 


ぜひ、一般社団法人ココロ未来学院のサイトもご覧ください

喧嘩をやめて、二人を止めて

幼稚園の頃、住んでいたアパートが灰になった。

原因は隣人の寝たばこ(のちに聞いたが職業は泥棒)

子どもに火事の悲惨さを見せたくないということで祖母ちゃんと一緒に本家で待機。

父と母は真っ黒に燃え尽き灰になった家から、焦げた写真をや賞状等を持って帰ってきた。

 

この家には幼児期の思い出がいっぱい詰まっていた。

ある夜中に目を覚ましたら両親がいない。

寂しくなった幼稚園児は住宅街から街中をさまよった。

見かねたタクシーの運転手さんが声をかけてくれて

家まで、部屋まで送ってくれて布団をかぶせてくれた。

とても優しい運転手さんだった。

 

おたふく風邪で休んだ日も、一人で寂しいから

街へ繰り出し昼間だから友達の家を渡り歩いたら

当然の結果、幼稚園経由母親の職場で、

家でじっとしてなさい。とどうにもやるせない。

 

ある夜、母と映画館の梯子。(なんで母は中々家に帰らないのか?・・・)

そんなつまらない時間帯で、気が緩んだ私は母に、

「この前、お父さんとおばちゃんの家に泊まった。」と純な発言。

「なんて!?」交差点のど真ん中で母は私の手をギュッと握りしめたまま、

微動だに立ち止まったままになった。

子ども心に「しまった!」と思ってもパニック状態。

「どこに行ったの!?」

とっさに「〇〇ねえちゃんとこ」と言っても後の祭り。

 

後日、親戚中の前で夫婦喧嘩。

母がぎゃーぎゃーわめく中、父はどうどうと耳かきしながら

うちの父が一言「克義(私の本名)がいらん事言うからや・・・。

 

 

男?女?、それは必要?

私はスカートも履きたい。下着も付けたい。

髪の毛も長く伸ばして風になびかせたい。

 

ただ1つ。

女性になるには足らないものが私の場合はある。

・・・超低音ボイス、それと女言葉を喋らない。

でも色んな欲求があるにも関わらず、これだけは不思議と気にならない。

だからレストランなんかで長に子どもにガン見されることは日課である。

 

喉ぼとけなんか目立っているトランスジェンダーの方はいやかもしれないですよね。

でも、「声」の歴史ってあると思うんですよね。

正直言って女の子の声がいいに決まっているけど、

整形までしてかえても歴史がなんかか細くなるような気がします。

 

それと女言葉は「僕」というのを「私」に直したくらいです。

友達とお酒飲んだ時に酔ったふりして「何、言ってんのよ~」くらいは愛想です。

それは置いといて、

良くお話しするのは若い方より、おばちゃん。

「もう、一緒じゃん!」なんてこともいわれます。

それでも、噂話ばかりでなくまじめなお話は比較的あります。

 

そうなんです、区別つけなくてもいいこともあるんですよ。

今は薬のせい?でぶくぶくしてるけど、薬が少ないときは2サイズ小さいの来てましたし、街を歩いてもおじさんに「いい天気ですね~」って声かけられて

「ええ」って返答したらさっさととんずらする馬鹿者もいます。

でも、本当にこの声でいいんです。幸せですよ。

博多に彩を添えるもの

幼児のころは幼稚園に行っても女の子に追いかけられるモテる男の子でした。

通ってたのは現在でも健在である「奈良屋幼稚園」、歴史を感じます。素晴らしい。

 

この年頃は、罪のない男の子・女の子ですので「好き」「嫌い」は言い放題。

おもちゃの取り合いもあれば男の子の取り合いもまかり通るのである。

 

それでも、幼児なりに女の子になることに憧れていました。

お医者さんごっこ、ままごと、ピクニックごっこ

なんでスカートが履けないのか?

なんで髪の毛長くしてリボンができないのか?

今、思うと恥ずかしがらずに母に言えばよかった。

本当に後悔である。

 

そんな毎日が続くわけだが、たまにご褒美がある。

博多には山笠祭りがあるが、子どものころからどこからともなく水をかけられ威勢よく神輿を担ぐのだが、

その前には山鉾が商店街とかに飾られ、それは何とも美しい。

そんなものを見に行くときは夜に連れて行ってもらうのだが、浴衣を着れるのである。

もうひとつ博多では路面電車が走っており一大イベントで花と電球の明かりで「花電車が運行する」

赤や緑や青色などの車両を明かりが覆い、それはなんとも綺麗な見世物であった。

そんなときも浴衣で。

私にとっては浴衣は着物と一緒である。女性なのである・・・。

嬉しい。

 

異性愛者(ヘテロセクシュアリティー)

皆さん、LGBTってもうご存知ですよね。

L・・・レズビアン

G・・・ゲイ

B・・・バイセクシュアル

T・・・トランスジェンダートランスセクシュアル

と、ここまでは用語として使われていますが、実際には色々嗜好などに分けられて20個以上あるようなのですが、私自身は講演などであと2個追加しています。

Q・・・クエスチョン、そのものです。不明ということです。

I・・・IS(インターセクシュアル)と言われています。半陰陽といって男女両方の性器をもっていることなのです。1日に誕生する2000人に1人の割合でいらっしゃるということなのですが、また改めて後述します。

 

気になっているのは、A・・・アセクシャル(無性愛者)。私が講演で入れないのは存在していてもおかしくない、という観点でしか理解できていないからである。

 

そもそもセクシュアルマイノリティ性的少数者)という言語が必要になったのは特にLGTの方々への理解促進のためである。昨今のように多くの方々が認知されてきたのであれば、敢えて性的少数者を分ける必要があるのが疑問はある。

つまり、これら等に異性愛者を加えれば全員が何らかの性的嗜好を必ず持っているのは常識であるといえる。因みに異性愛者の事をヘテロセクシュアリティーと呼ばれているのだが、(ご本人たちは殆ど知らないだろう)

無論、まだまだ性的少数者への偏見や誤解があり、人権差別につながっていることから使われ続けているのであろう。

しかし身体的に問題があるのは性同一性障がいとインターセクシュアルだけである。私はここは別の意味で分けて考え、研究や議論を重ねる必要があると思う。

 

昔、テレビCMで「人類皆、兄弟」というコピーがあったが今思えば意味深いものである。恐らく殆どの異性愛者(つまり一般の人)はわざわざヘテロセクシュアリティーと呼ばれたくないだろう。

でも、その呼ばれたくない感覚を大事に考えて頂ければ性的少数者の気持ちも少しはわかるのではなかろうか。